けざわメモ

独自研究を書きます

国宝のWikipedia記事の書き方――東京国立博物館の資料館がすごい!

本日8月21日に東京国立博物館で開催されたエディタソン、ウィキマニア2024東京に参加してきました。今回は[[墨台、水滴、匙]]のWikipedia記事を作成しました。かの聖徳太子が『三経義疏』の執筆に用いたとする寺伝があり、国宝にも指定されている名品です。

©Sailko, CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commonsより

名前に読点が入っていることからなんとなく想像がつくと思うのですが、本品は非常にリサーチしにくい品でして、執筆に際して東京国立博物館の資料館が大いに活躍しました。ということで今回は[[墨台、水滴、匙]]を書くにあたってのリサーチ手順と、東京国立博物館の資料館の素晴らしさを書いていこうかと思います。

資料探し - WEB編

まずはe国宝で物品の概略を調べます。これで国宝指定名称がそれぞれ「金銅墨床」「金銅水注」「金銅匙」であること、列品番号がNから始まるため法隆寺献納宝物の品であること、8世紀・奈良時代の作であることがわかりました。

次はみんな大好き国立国会図書館サーチで調べてみます。国宝ともなれば色々な文献が引っかかるかと思いますが……まさかのヒット0件です。国宝指定名称で調べてもほとんど出てきません。もちろんCiNiiでも引っかかりません。

色々と信じがたいのでMuseumの総目録で検索をかけてみましたが、こちらもまさかのヒット0! トーハク所蔵の国宝なのにトーハクの機関紙に言及がない*1とは思いもしませんでした。Museumの論考には脚注で参考文献が提示されていることが多く、1本でも論考があればそこから芋づる式に資料を引っ張れるので非常に便利なのですが、今回はいきなりそれが禁じられました。

 

気を取り直して次は国立国会図書館デジタルコレクションで調べます。古めの資料が大半であるものの各社の美術全集や2000年までのMuseumなど質の高い資料も多数閲覧できる最高のデータベースです。ただ、60年代くらいまでの資料が多いので、Wikipediaに使う際は新しい資料でフォローするのが前提です。

 

「金銅墨床」と「金銅水注」で調べるとざくざく出てきましたね! ただ、大半が目録のような情報量のない資料なので、使える資料は意外と多くありません。ただ、その中でも特に毎日新聞社の『原色版国宝』(1968)は使えそうな内容だったため、記事の核になる資料として多用しています。また、墨台と水滴はMuseumの表紙に採用されたことがあり、表紙解説があることもわかりました。Museumの表紙解説は美術品としての評価を書いてくれることが多いので便利です。ここまでで出てきた文献でひとまず下書きを書きました。

資料探し - 国立国会図書館

家から出ずに閲覧できる資料でひとまず記事の骨格が書き上がったので、情報量を増やすべく次は国立国会図書館で資料を漁ります。事前の調査で「墨台 水滴 匙」「金銅墨床」「金銅水注」「金銅匙」と調べてもヒットしないことがわかっているので、本品が所属するコレクション名である「法隆寺献納宝物」で検索して、関係ありそうな書籍を片っ端から読んでいきます。

ここで東京国立博物館法隆寺献納宝物』(1975)と奈良国立博物館編『正倉院宝物に学ぶ 2』(2012)に言及があることがわかりました。どちらもWEBで見つかった文献より内容が濃く出版年も新しいため、記事の軸として大いに参考になりました。一方で法隆寺献納宝物の記事を書く際の鉄板である『法隆寺献納宝物特別調査概報』シリーズに言及がないという驚きの事実も明らかになりました。国宝なのに40年にわたって特別調査の対象になっていないことってあるんですね。

資料探し - 都立中央図書館

ここまでで一応Wikipediaの記事として十分な体裁は整ったのですが、もう少し内容を充実させたいということで、今度は都立中央図書館に出向きました。国会図書館閉架式の図書館であるため検索でヒットするor既に存在を知っている文献しか入手できませんが、都立中央図書館は開架式のため*2、検索でヒットしない文献を書棚から探し出すことができます。時間あたりの効率こそ悪いものの、泥臭く書棚を漁ることで思いがけない文献を見つけられるのは大きなメリットです。

3階の人文資料室に博物館の図録を集めたコーナーがあるので、そこの文献を端から見ていった結果、読売新聞社聖徳太子法隆寺聖徳太子1400年遠忌記念特別展』(2021)に言及があることがわかりました。ここまでで見つけた文献の中で最も新しく、しかも情報量も申し分なしということで、これも記事の中核をなす文献として大いに活用することになりました。一方で美術全集の中でも刊行年が新しい小学館『日本美術全集 2』(2012)に言及がないという驚きの事実が明らかになりました。国宝にもかかわらずここまで言及が少ないことがあるのかと衝撃を受けますね……。

資料探し - 東京国立博物館資料室編

聖徳太子法隆寺聖徳太子1400年遠忌記念特別展』のおかげで記事の情報量がかなり増えて十分なクオリティにはなりましたが、やはりもう一押しが欲しいので、エディタソン当日に東京国立博物館資料館の検索システムを使用しました。

この検索システムのすごい点はトーハクの所蔵品であれば列品番号で検索ができる点です。列品番号は博物館の解説(題箋)に記載されているほか、e国宝などでも確認可能です。今回であれば「N-80, N-81, N-82」が列品番号ですね。今回は試しに匙の列品番号N-82で検索してみたところ、なんと未読の資料が10件以上ヒットしました!

今回使った資料で言うと『国宝東京国立博物館のすべて : 東京国立博物館創立一五〇年記念特別展』『水滴 : 動物や野菜をかたどった水いれ』法隆寺献納宝物 : 特別展』の3冊はトーハクで見つけた資料です。特に『国宝東京国立博物館のすべて』は刊行年が2022年と今回使った資料で最も新しく、内容も非常に充実している素晴らしい資料でした。都立中央図書館の開架資料にあったのですが見逃していたようです。

これで記事本文が完成しました。

画像探し

記事本文が完成したので次は画像探しです。わかりやすい記事を書くために画像が重要ですが、都合よくWikipediaにあるとは限りません。となるとどこかから使える画像を引っ張ってくるしかないわけです。国立博物館の収蔵品であればColBaseを探すのが手っ取り早いです。国立文化財機構が運営するサイトで、掲載されている画像にCC BY 4.0のライセンスが付与されているため、特に何も考えることなくそのままWikipediaで使用できます。これで今回の記事が完成しました!

東京国立博物館資料室のここがすごい!

トーハクの所蔵品限定ではあるものの列品番号から検索できる威力は絶大です。国会図書館で「法隆寺献納宝物」と調べて片っ端から文献を漁ったり、開架資料を片っ端から探す手間を省くことができるのでリサーチの手間が減りますし、今回あったような資料の見落としもなくなります。もちろん列品番号検索に対応していない資料もあるのですが、それでもトーハク関連の資料の多くは列品番号検索に対応しているようなので、無数にあるトーハク関連資料を読み込む工程がなくなるのは革命と言っていいです。

今回のエディタソンに参加するまで知らなかったのですが、なんとこの検索システムはWEB上でも使用可能です! → 東京国立博物館資料館

メニューの詳細検索から検索システムにアクセスし、画面下部の論文検索の「本文・抄録」に列品番号を入力することで検索可能です。

今後はNDLサーチやデジコレと一緒にトーハク資料館の検索システムを併用することで、より効率的なリサーチができるようになりそうです。

さいごに

今回なぜ記事の調査執筆過程をブログにまとめたかといいますと、文化財Wikipedia記事を書く方が増えてほしいと思っているからです。実は日本の文化財Wikipediaの記事がまったく充実していない分野でして、たとえば法隆寺五重塔興福寺阿修羅像、横山大観の無我などでも単独記事がなかったりします。特に仏像の荒野っぷりはすさまじく、他にも薬師寺の薬師三尊像、三十三間堂の千手観音坐像など綺羅星のごとき名品ですら単独記事がありません。基本的に寺の記事内でちょろっと言及がある程度です。比較的充実している絵画分野でも、黒田清輝の[[湖畔]]が2022年11月立項、高橋由一の[[]]が2024年1月立項、[[富嶽三十六景]]全46作品の個別立項が完了したのが2024年8月と、わりと最近まで独立記事がなかったのだから驚きです。ついでに[[Category:法隆寺献納宝物]]や[[Category:正倉院宝物]]の数もわりとお察しです。日本語版Wikipediaにもかかわらず日本の文化財の記事が充実していないのは悲しいですから、この記事を読んでくださった方に少しでも興味を持ってもらえたら嬉しいです。

*1:総目録で検索できるのは300号まで。それ以前は後述するデジコレで全文検索が可能。

*2:閉架の文献もあります